七夕 


「あれはなあに?」
着いたばかりの宿屋の窓から、村の真ん中の広場が見える。
大きな笹の葉が飾られており、村人達が寄ってきては、その葉に新しい紙の切れ端を下げていく不思議な風景だった。
色とりどりの紙で装飾された笹は、その身を重そうに頭を垂らし風に吹かれてなびいている。

「どこかの国の風習だそうです。十数年前に旅人が伝えて以来、毎年執り行っているそうです。
七夕といって、笹の葉にお願い事を書いて下げると願いが叶うそうですよ。」
クリフトは先程村人から聞いた話を返すと、ふーんと気のない返事が返ってきた。
「姫さまは何を願われますか?」
「そうね『強くなれますように』かしら?」
「そこは『デスピサロが倒されますように』では……」
「誰かに倒されたって意味が無いのよ、強くなった私がこの手で倒さなきゃ」
クリフトは静かにため息を吐くと、隣の主を見下ろした。


クリフトとアリーナを除いた旅の仲間達は、タダ酒が飲めると聞いて七夕の宴会場へ向かってしまった。
「クリフトは行かなくていいの?」
「私も飲めるといっても、グラス1杯程度ですし。姫さまをお一人にするわけにはいきませんから」
「 私のことは気にしないで行ってくればいいのに」
どこか拗ねたような口調に、クリフトは小さく笑みをこぼした。

宿屋の外へ出てみれば、笹の葉の横で薪が焚かれ、その炎がちりちりと夜空を焦がしていく。
村人や祭りの観客達がごった返す中、アリーナは薪をぼんやりと見上げていた。
火の粉が空中で舞い上げるさまは、空に瞬く星にも似ていて。
そっとアリーナが火の粉に手を伸ばし、その星を捕まえようとしたが手に入れる前に燃え尽きて消えてしまう。
「危ないですよ」
クリフトが慌ててそう注意をすると無言でアリーナは返事を返し、彼の袖を掴んで人通りの少ない方へ引っ張っていく。
ずんずんと進むアリーナに、袖を掴まれたまま黙って付いて行くしか無かった。
村の入口だろうか、家の途切れたところに放置されたタルにアリーナは腰掛けた。

その横──というより斜め後の、昔からの定位置にクリフトは立つと自分の主の指示を待つ。
村人達は皆、広場の祭りに参加しているのか、少し離れた場所にある家々にも明かりの灯る窓はなく、大きく開けた空には一面の星模様が広がっている。
先程の薪の火の粉のように熱くはなく、ただ放つのは冷たい光。
聞こえて来るのは木々の葉擦れのかすかな音だけで、もう少し近づけばお互いの息づかいも聞こえてしまいそうだった。
先に話し出すだろうとお互い無言のまま目の前に広がる星空を眺めている。
どのくらいの時間がたったのか、ようやくクリフトが口を開く。

「七夕にまつわる伝説というものがあるそうです」
「うん?」
急に何を言い出すのか分からないまま、クリフト顔を見上げる。
柔らかな頬のラインが星明かりにほのかに照らされて、表情までは読み取れないもののクリフトは静かに語り出した。
「空の王様の娘の織姫さまは、機織りが得意でとても働き者だったそうです。
同じく働き者で牛追いの彦星と結婚したそうなのですが、結婚生活が楽しくて二人は仕事をしなくなってしまったのです。
それを見て怒った王様は、二人を天の川の両岸に引き離し、一年に一度七夕の夜にしか会えないようにしてしまったそうですよ」
「ふ〜ん。馬鹿ねぇ、その二人」
「そこはロマンチックと言うべきでは……」
「そうかしら?私ならそんなヘマはしないけど」
アリーナはくすりと笑うと、下からすくいあげるように隣の神官を見上げた。
「クリフトだってそうでしょ?」
「それは…どいういう…」
言葉の本意を測りかねて戸惑いの表情を浮かべるクリフトを残して、アリーナはタルから飛びおりてクルリときびすをかえす。
夜景に流れる蜂蜜色の巻き毛はまるで天の川のようで、クリフトはひととき見惚れてぼんやりとする。
「そろそろ帰らなきゃ、じぃがうるさいわ」
宿屋に向かって歩き出す主を見守りながらつぶやいた。
その声は主に聞こえる事なく、夜の冷えた空気に溶けていく。
「私には彦星の気持ちはよく分かりますよ」
きっと、
大切な人と蜜月の時を過ごしたら、何もかも手に付かなくなってしまうだろう。
現に二人きりで同じ時を過ごしただけで、もう彼女以外の事を考える事ができなくなっているのだから。
小さく照れ笑いをしながら、ゆっくりと主の元へ歩みを進めていった。




 





2009/11/03

七夕の伝説を調べたら、おもいっきり姫×平民だったのでノリノリで打って、仕上がらなかった中途半端な物をメモにアップしてました。
あっさり結婚してるけど、七夕も身分違いだったんだよね。
アリーナだったら川も乗りこえて会いに行きそうな気がします。ざぶざぶっとね。