おしおき 



『クリフト、手加減なんかしたら後でおしおきよ!』
アリーナはすごろくのコマの目の上で、仁王立ちで言い放つ。
ここは「いただきストリート」の魔神像マップ。
昔旅した魔神像の上に敷かれたコマに、アリーナとクリフト、そして他のプレイヤー達が順番にサイコロを投げて1番を競っていた。
もとより賭け事にあまり興味がなく、その上主人であるアリーナと対戦していることもあってクリフトの動きが控え目なのは皆感じ取ってはいたのだ。
明らかに尻に引かれている様子が目に浮かび、背景に居たかつての仲間達もニヤニヤと二人を遠目に眺めていた。


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「前から気になっていたのですが、このお言葉……
まるでこれでは、いつも私が姫さまにお仕置きを受けているように聞こえるではありませんか!」
「え?いつもしてるじゃない」
「………………してませんよ! どさくさに紛れて、いつもしているような設定にしないで下さい!」
「えーしようよ!お仕置き!」
まるで午後のお茶でもしようというような口ぶりで無茶な頼み事をしてくる。
「されるのは私なんですけど…」
ため息を吐きながらも、気が付けばアリーナのペースにハマっているのはいつもの事であった。

「ま、とりあえず、主の命令は絶対よ!
手加減したら許さないって言ったのに、わたしに勝ちを譲ったでしょう!」
「ええ…」
「その椅子に座って、両手を後に回して」
そう言ってアリーナが指したのは、肘掛けと背もたれが付きクッションもフワフワの豪華な椅子だ。
どちらかというと「お仕置き」のイメージとはかけ離れたその椅子に、クリフトはしぶしぶ腰掛け、椅子の背の後ろに腕を回す。
アリーナは裏へ回ると、そっとクリフトの両肩に後ろから手を伸ばした。
今回のすごろく用に用意された衣装はいつものものと違う。通常首元にふわりと巻かれていたオレンジのマフラーは今日は襟の中に仕舞われて首に直接巻かれている。
アリーナはそのオレンジのマフラーに手を掛ける。首にその指先が当たりクリフトはその感触にビクリと身を小さく震わせた。そんな事も気に留めないかのようにアリーナはスルリとマフラーを抜き取った。
「まずは、逃げ出さないように固定!」
そう彼女は独り言にようにつぶやくと、マフラーでクリフトの手首をぐるぐる巻いてリボン結びにした。
「逃げ出しませんよ」
「すっごいお仕置きするのに?」
「……一体何をなさる気ですか」
「どんなお仕置きをするといいか、みんなに聞いて回ったの」
アリーナは椅子の後ろから、ぐるりとクリフトの前までやってくると、満面の笑みで床の上に置かれたカゴを指差した。そこには白い布や羽や本らしきものが隙間から見えている。

「それではっ。まずはーミネアに教えて貰ったやつ!」
そう言ってアリーナは何かをカゴから取り上げた。クリフトの位置からは死角になってよく見えなかったが、それでも揚げられた人の名前から害はなさそうだと安堵した。
「まあ、ミネアさんなら良識ある方でひっ!!!」
クリフトが急に声を張り上げた。
ふふんと笑ったアリーナの手には白い羽根が握られ、クリフトの首筋をさっと撫で上げたところだった。
それはただの鳥のものではなく、旅の間に何度も助けられた魔物の羽根。
「き、キメラのつばさ?」
「キメラのつばさで撫でると面白いよって、ミネアが。どう?クリフト!」
「く、くすぐったいです…」
身動きの取れないクリフトは首をすくめて恨めしそうに見上げる。
「クリフトは肌が出てる所が少ないから、くすぐる場所が少なくてつまんなーい」
長袖のシャツに黒い手袋。法衣の裾も長くズボンの裾はフットカバーで覆われている。唯一素肌が晒されているのは顔と、高襟の隙間から少しだけ見える首筋だけだ。
これが先程までのマフラーが巻かれた状態なら、首筋すらも見えない状態だっただろう。
仕方なしにアリーナは穂先が肌に当たるか当たらないかの絶妙な力加減で首筋を撫で上げる。
「くぅっ…」
クリフトは眉をひそませて熱い吐息を吐いた。
クリフトのいつもは見た事のない表情に、アリーナは釘付けになってその手が止めらないようだった。
「ひっ、姫さまっ……そのっ苦しいですっ…」
その言葉にハッとなりアリーナは呆然と荒い息を吐くクリフトを見つめた。
「ごめんなさい。痛くはないと思ったんだけど、予想以上に苦しそうね」
「姫さまもやってみれば分かりますっ」
「え、遠慮するわ…」
何となく気まずくなったのかアリーナはそっと椅子から離れてクリフトから目をそらした。

「次は、ソロが考えたやつ!」
「それは…かなり恐いですね」
アリーナは例のカゴの一番上に載せられていた紙を手に取ると、その文を読み上げる。
「ええと。"どきどき、すとりっぷしょーー!!どんどんぱふぱふ!"」
「すとっ!ストリップぅーー?!」
「うんとね。私がここで着替えるから、クリフトは目をつぶっているだけ」
「な、何て恐ろしい!な、何てハレンチなっ!!さすが我らが勇者さんですっ!!」
賛辞とも軽蔑とも取れる謎の評価だけをしてクリフトは顔を赤らめた。
「そーお?ただ着替えるだけなんてつまんない。さっさと始めるわよ!」
アリーナが自分の真ん前でベルトのバックルに手を掛けたのを見て、慌ててクリフトは目をつぶる。
そこまでしなくともいい位、ギュッと目をつぶったクリフトの耳には布擦れの音だけが聞こえた。目を開ければそこに最愛の少女の裸がある!どれだけ自分の中の天使と悪魔が天秤ばかりを上下させたのか分からない。
「目、開けてもいいわよ」
「ほ、本当に大丈夫ですよね?」
「いいって言ってるじゃない!」
クリフトが恐る恐る目を開ければ、その前に仁王立ちしていたのはその姿勢とは正反対の真っ白なレースとフリルをあしらったワンピース姿のアリーナだった。
華美なドレスや服装を嫌うアリーナが唯一お気に入りのその服は、元は今は亡き王妃様のドレスを仕立て直して作ったものである。
ブーツも黒いタイツも脱ぎ捨てて素足のままぺたぺたと歩くと、今まで着ていた服が無造作に盛られているカゴの中から1冊の本を抜き出した。
「次が最後のお仕置きよ」

「それは…どなたが考案されたのですか…?」
「これはわたしよ」
アリーナは椅子の端に素足をかけると、よっ!と軽くかけ声をかけてクリフトの膝の上に綿毛のようにふわりと着地する。
なんとなく先が読めていたクリフトはあまり驚かずに、コホンと軽く咳払いを一つして尋ねる。
「ところで、他の皆さんはどんな案を出されたのですか?」
「そうねー 確か、ライアンはみぞおちを力一杯殴れとか、ブライは儂が新しく覚えた魔法を使って差し上げましょうとか、マーニャは全裸にしろとか、トルネコは本棚の信仰と祈りって本を渡して欲しいとか…」
小首をかしげながら、思い出すとニッコリ笑って「どれかやりたいのあった?」と見上げる。
「いえ…姫さまの賢明なご判断で助かりました」

アリーナは膝の上の本をポンポン叩く。
「ね、読んで」
「読むのはいいですが、手を縛られていては、ページがめくれませんよ」
「ページは私がめくるからいいのっ。さぁ、読んで!」
重厚な表紙の本だが、開いてみればかわいい絵柄のセピア色の挿絵の絵本だった。
「懐かしいですね。子供の頃よく読みました」
「うん。これクリフトに読んで貰うの大好きだったの」
それは珍しい少女の冒険の物語。



「ねぇ、クリフト。
わたしはただ…こうやってあなたを独り占めしたかっただけなのかも」
低い声で紡がれる物語と、温かい体温と懐かしい匂い。

「姫さま?ページを…」
最後の文章を読み終わって随分経つというのに、アリーナは一向にページをめくろうとしない。
怪訝に思ったクリフトが胸の中の彼女の顔を覗き込むと、すっかり寝息を立てていた。

クリフトは器用に指先だけで縛られていたマフラーを解いた。元々ゆるく縛られてたそれはいつでも解く事はできたし、足は自由だったのだからいつでも逃げることはできたのだ。
そうしなかったのは、アリーナの全てを受け入れると誓ったから。
アリーナが目を覚まさないようにそっと膝の上の本を取り上げて、クリフトは自分の腰と椅子の間にねじ込んだ。
その額に手をやってオレンジの前髪をかきあげる。
「これは、お仕置きというよりむしろ……ご褒美かもしれませんね」
自分の膝の上で眠る小さな女王様の額に口付けた。







 





2014/11/12

おしおきって何かエロイ響きだよね!(笑)