「見事なバラですね」
二人が見上げる大きな垣根には、真っ赤なバラが見事に咲き誇っている。
「まー綺麗だと思うけどさ。もう飽きたー」
「飽きたって姫さま、まだここへ来て5分と経っておりませんよ」
クリフトはため息混じりに隣の幼なじみを見下ろした。
「ねぇクリフト、鍛錬の相手をしてくれない?新しい技の試しをしたいの!」
「それは…私が相手でなければならないのでしょうか…」
「えーだって、クリフトだって体術習ってるんでしょう? わたしが手合わせしてその成果を見てあげるのよ」
アリーナは「さあ行きましょう!」と手をつかむと、やる気のなさそうなクリフトをぐいぐいと引っ張って行く。
「姫さま、そっちは違いますよ」
そうクリフトが指差す。
ここは、サントハイム城の裏庭に広がるバラ園。
庭師達が志向をこらしバラの垣根で迷路を造り、昼間は城で働く者達の憩いの場となっている。
毎年変わるその迷路に、迷い込むと30分は出て来られないという気合い入れようで。
「出口はこっちだと思いますよ」
指摘された方へ、アリーナはずんずんと進んで行く。
手を掴まれたまま、クリフトは苦笑いを浮かべてその後を付いて行く。
「ええと…あちらではないでしょうか?」
分かれ道の度に指差す方に向かってみるが、なかなか外へ出られる様子はない。
「ちょっと、クリフト!外へ出られないんだけど!」
「そうですか…私も方向音痴なのかもしれませんね」
にっこり微笑む。
幾度も行き止まりにたどり着き、グルグルと迷路の中を徘徊して、やっと外へ出られた頃大聖堂の鐘が鳴った。
「ほら姫さま、おやつの時間ですよ」
「むーー。じゃあ、今日の鍛錬は諦めるわ」
□□□□□□
暗闇の中、そっと赤いバラが瞬く。闇に紛れて背の高い垣根の隙間へ身を滑らせれば、そこへまた暗闇に抱かれる。
黒いローブを被った男がアリーナを抱きとめると、その反動でフードの中から藍色の髪がこぼれた。
「クリフト!」
そう囁いた声は胸の中で消えた。
「姫さま、ここは人が来る可能性があります。奥へ参りましょう」
そうクリフトは闇の中でもよく見える彼女の白い腕を取って、奥へ進んだ。
ここは、サントハイム城の裏庭に広がるバラ園。
高く向こう側の見えない垣根が入り組んだ迷路は、夜は城で働く者達の逢い引きの場となっている。
夜の迷路で見聞きした事は、看過するのが暗黙の了解となっていた。
「クリフトはいつからわたしの事好きだったの?」
戸惑いながらクリフトは耳元で囁いた。
「ずっと…ずっと子供の頃から…お慕い申しておりました」
「そっか…わたしも小さい頃からクリフトの事大好きだったよ」
それはあくまでも”大好き”で、恋など知らなかった頃だけどその気持ちにはウソは無かった。
クリフトの事を痛む心で見つめるようになったのは、旅が終わった後の事であったけど。
目をつぶって少し上を向く。
「ね、クリフト」
まぶたの向こうでクリフトがため息を吐いているのが分かるが、気にしない。
そっと動く気配がしたかと思うと、肩に手を置かれまぶたの上に口づけが落とされる。
「クリフト!」
「姫さま、もう少しだけ待って頂けないでしょうか… 必ずや私達の仲を皆様に赦して頂けるよう尽力致しますから!」
「絶対よ…」
二人の間を切り裂くように大聖堂の鐘が鳴る。そろそろアリーナの部屋を見回るメイドがやってくる時間だ。
名残惜し気にクリフトは幼なじみの少女の髪を撫でると、手を離す。
これがただの”幼なじみ"であればどれだけ良かった事か。
「お休みなさい姫さま。よい夢を」
□□□□□□
「ね、クリフト、バラが見たいわ。バラ園でクリフトはいつもキスしてくれなかったんじゃない。
今なら…今ならいいでしょう?」
いつものようにクリフトはため息を吐く。
「そのドレスでは裾が汚れてしまいますよ」
シルクとレースをたっぷりと使った豪勢で純白のドレスを見下ろすと、そっとアリーナの背中に左腕を添えて、膝の下を抱えて持ち上げた。急に自分の身体が宙に浮いたアリーナは、体勢を崩されて小さく悲鳴を上げる。
「きゃぁ」
「これでよろしいですか、姫さま」
「うむ、よろしい!」
アリーナの返事にクスリと笑い、歩みを進めた。
ここは、サントハイム城の裏庭に広がるバラ園。
今は第一王女の結婚式が終わったばかりで、使用人達はこの後のパーティーの準備に大忙しで人の気がなかった。
濃緑の葉と真っ赤な花に、純白のドレスと法衣を纏った二人が映える。
「今年のバラも見事ねぇ」
「毎年ちゃんとご覧になっているようには見えませんでしたが…」
「そーお? 子供の頃なんて、クリフトがワザと迷路の中を迷子になるから、飽きる程見たわ」
一瞬固まったクリフトが、ギギギと固い動きで腕の中の幼なじみを見下ろした。
「…ご存じ…だったのですか…?」
「分かるわよ、ずっと一緒なんだから」
「さすが、姫さまにはかないませんね」
「ね、クリフト、キスして」
この場で何度も聞いた言葉。
「で、で、でも姫さま、さっきしたばかりではないですか」
「初めてが誓いのキスなのよ? あんな大勢の前じゃなくて、今度は二人っきりで…ね」
クリフトは一度周りを見回し、誰もいないのを確認するとゆっくりと首をかしげて、アリーナにそっと口付けた。
「クリフト、顔真っ赤だけど」
「姫さまのせいですよっ」
二人を祝福するかのように大聖堂の鐘が鳴る。パーティーの開始時間まで間もない。
『三時』「だ!」「ですよ!」
アリーナはクリフトの腕から飛び降りると、器用に左手でドレスの裾をかきあげる。
クリフトが差し出した手に、アリーナは優雅に微笑んで右手を重ねた。
『さあ』「行こう!」「参りましょう」
バラ園のバラが二人を見守るかの様に、風にそよいでいた。
終
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2011/04/12
結婚式が初キスは浪漫(笑)
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