ヒトに用いる魔法 


「また大勢来やがったなぁ…」
まだ日が高いうちから酒場に入り浸っている男たちが、窓の外をゾロゾロ歩く団体を見ながらグラスを空にする。
「何でも、勇者様御一行らしいぞ」
「ゆうしゃぁ?あのデスピサロ討伐の?」
「ああ、最近どこへ行ってもこの話題で持ち切りさぁ」
窓の外、団体の一番前を歩く緑の髪の少年を指差した。
風を切り、その不思議な色合いの髪を優雅になびかせている。
「緑の髪に蒼の瞳、間違いなくあれが勇者だ」
その少年と軽やかにスキップしながら、青いマントの少女が笑っている。
「勇者一行にしては、ずいぶん小ちゃなガキがいるみたいだが…」
「ああ見えても、あれはサントハイムの第一王女のアリーナ姫だぜ」
「エンドールの武術大会で優勝したっていう? あんな小さな子供だとは思わなかったな」
「その後ろでたしなめているのは、きっとサントハイムの王宮魔術師のブライだろう。
サランの悪夢の功労者だ」
"サランの悪夢"という言葉に男の一人は苦い顔をした。
「そういやお前の家族もあれで死んだんだったか」
「遅すぎなんだよ何もかも。
疫病が流行ってたというのに、城は扉を閉ざしたままだったんだからな。
特効薬ができた頃には、サランの市民の大半は死んでたさ」
「じゃあじいさんにするか?」
男はその話題自体触られたくないようにそっぽを向くと、次は艶やかな女が目に入った。
「えらいべっぴんさんもいるなぁ」
「モンバーバラの姉妹だな。露出度が高い方がマーニャ、おとなしそうな方がミネアだ。二人とも魔法の使い手で、キングレオ崩御に関わったとされている」
ミネアと呼ばれた女が、背の高い緑の法衣の青年と何か道具のやり取りをしていた。
「ミネアと一緒に居るのが、サントハイムの王宮神官のクリフト」
「その後ろの大型なのは、ずいぶん戦闘には向いてないようだが…」
「大商人トルネコだな。彼のおかげでボンモールとエンドールの戦争は免れたらしいぞ。それに大きなトンネルを開通させたことから、魔物に命を狙われているらしい」
「最後の男は…そのまま戦士のようだな」
「バトランドの王宮戦士のライアン。イムルの連続子供失踪事件を解決したと言われている」

「ほぉ…やはり勇者一行だけあってさすがに皆凄い経歴の持ち主だな」
琥珀色の液体を日に透かし、液体越しに団体を眺める。アルコール度数の高いそれは、勇者一行の姿をぐにゃりと歪めて映した。
「さて、誰にするか…?」
「今の説明を聞かなきゃ、真っ先にあのお姫様だったな。あとお付きのじいさんか」
「ああ…それじゃあ、残りは…」


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姫さまが姉妹達と日用品の買い出しに出掛けたのを見届けて宿を出た。
本来なら一緒に出掛けたいのだが、教会の参拝や本屋巡りに大人しく賛同してくれるはずもなく、逆に彼女達の買い物に付いて行く事もできない。
「あら、女の下着売り場まで付いて来るつもりなの?神官様」
と艶やかな唇をニヤリと引いて笑う踊り子を、口で勝てる訳もなく苦笑いで返した。
三人で旅をしていた頃は日用品の買い出しも私の仕事であったけれど、どうしても女性の"品定めの目"には到底かなわない。
高品質で良い匂いのする石鹸やタオルを、格安で買いそろえてしまう姉妹の能力はどうやったら獲得できるのか。
姫さまが女性達と一緒に行動するのは、どこか微笑ましくも羨ましくもあった。


一通りの買い物を終えた後、町を散策していたら道に迷ってしまったようだ。細い道が入り組んだ路地でその先には茂みが見えるところから、もう町の一番外れなのかもしれない。
「よう神官様、ちょっと尋ねたい事があるんだけど」
「はい、何でしょうか?」
狭い路地で昼間っから酒臭い息を吐く男達に声を掛けられた。
もとより”神官”という職業上、町で声をかけられる事は多い。
悩みを聞いたり、回復呪文をかけたり、簡単な診察をしたり、それは人と関わる事が好きな私には楽しい仕事の一つでもあったけど。
今回は、あまり関わりたくない人種なのは確かだった。

「金がなくなっちまったんだよぉ。兄ちゃん、ちょっと貸してくれねぇかな」
気安く肩に掛けられた手をさりげなくほどくと、いつも通りの微笑みで返す。
「申し訳ありませんが、持ち合わせがございません」
あくまでも丁寧に、タカられた人間とは思わない対応で返す。
普段は外で魔物を相手にしてきたが、町中で人間を相手にするのは始めてだった。
どこの町へ行っても"デスピサロ討伐の勇者"のレッテルは、尊敬にも畏怖にも値するらしい。
大歓迎を受けるか、近寄らないように遠巻きで見られるかのどちらかであった。
そう、あくまでも「普通は」
「そうか…それなら兄ちゃんを売り払おうかねぇ。この顔ならいい値段で売れるかもな!」
「あいにく、私はサントハイム王室付きの人間です。まず姫さまのご意向を伺わなくては」
そう言いながら異様に殺気立った二人組の男達から、素早く一歩退いた。
さて、どうしよう? こんな狭い路地で応対できるのだろか。
そもそも仲間以外の人間を相手にした事がないので、どのくらいの力で対処したら良いのか分からなかった。

とりあえず襲ってきた男を躱して、呪文を唱え上げる「マヌーサ」
白い霧が男達を包み込むと、後ろに飛び下がり剣を一気に引き抜く。
男が振るった剣が翻るのを横目で追った。遅い。
人間がこんなにものろまで愚かな生き物だとは思わなかった。それは数日前にも嫌になるほど実感した事でもあったが。
私利私欲の為に同族を襲う人間など、本能のまま襲って来る魔物の方がどれだけ純粋であるか…
一瞬、心に黒い霧がかかる。あの呪文を唱えてしまったら、どれだけ楽に倒せるだろうか?
いつも魔物に対しては、ためらい無く唱えていた癖が抜けきらない。思わず詠唱に入りそうになり、あわてて思考を戻した。

「坊主ごときに手こずってんじゃねぇ!」
「何でぇ!勇者一行を倒して名を挙げようって言ったのはそっちじゃねぇか!」

ここで挟み込まれてしまったら面倒な事になっていただろうが、今は二人とも自分の目の前で幻と戦っている。
その向こうにはうっすら町の外の草原が見えた。
このまま隙を見て逃げてしまおうと思った瞬間、男の振るった剣が右の頬を擦っていった。
幻に包まれているゆえそれは偶然だったのだろうけど、業を煮やすのに十分だった。

気が付けば慣れた口調で古の詠唱を口にしていた。謳うように唇からもれる低音に男達は首をかしげた。
聞いた事のない言語、耳慣れない発音。きっと彼らにはそう聞こえるのだろうけど、私には慣れ親しんだ神聖な言葉。
最後のスペルを言い放てば、言葉は力を持って変換される。
聖印を結んだ指をほどいて男達に差し向けば、その革手袋に包まれた指先から黒く冷たい霧が生まれた。
「クリフトっっ!!」
魔法を放つ時の妙な恍惚感の中、聞き慣れた声にハッとして手がぶれた。何時何時でも耳にしたら、反応してしまう声。
霧は男達の頬を切り裂き、その脇を一直線に刃のように走り抜ける。
頬に一筋の傷が出来た男達は、見開いた目を霧が向かった方向へやると、その先では奇声を上げた魔物が黒い霧に包まれて空に消えて行くところだった。

「魔物?」
先程自分を呼んだ者が驚きの声をあげた。
「まさか人に使ったとお思いでしたか?姫さま」
振り返らずに声の主をたしなめた。
男達が悲鳴をあげて逃げていく。その背中をチラリと目の端で追ってもう帰って来る事はなさそうだと判断すると、姫さまと向き合った。
「だって、変なのに絡まれてたから」
「急に魔物が出てきたので、剣を振るっていては間に合わないと思いましたのでね」
ゆっくりと首を横に振った。
「それにしても、私は……随分信用ないのですね」
いや、さっき使いそうになったではないか、なのにどこかやりきれない苛立ちをいつの間にかぶつけていた。
帽子のツバをグッと下げて顔を背けた。
姫さまの純粋で力強い瞳を見る事ができなかった。
「違うの!だって、クリフト最近疲れているようだから…
何だか時々、危うくって…」
全てが見抜かれている。
無邪気で奔放そうに見えて、人への気遣いを怠らない主へ改めて畏敬の念を抱いた。

「申し訳ございません… 姫さまに八つ当たりしてしまいました」
「イルムの夢を…思い出しているの?」
姫さまも思い出したのか、軽く身震いして自分の両腕を抱きかかえた。
それは数日前に泊まったイムルの宿で見た悪夢。
一度出会った事のある、儚気なエルフの少女が人間達に殺される悪夢。
夢の中だというのに、少女の涙と流れ出る血の赤さがまだ瞼の裏に焼き付いたようで離れない。

手に入れる事はできないのに足掻く人間の醜さと、少女を守る為に人間を殺す魔物の純粋さは、どちらが悪でどちらが善なのか。
考えれば考える程、その答えは闇深く手の届かないところへ落ちてしまう。

「よく分からなくなってきました」
私は首を横に振ってギュッと目を瞑る。
「魔物が悪だと言い切れれば、こんな楽な事はないのに…」
「悪よ」
私の迷いを断ち切るかの様に、キッパリとそしてしっかりと言い放つ。
「言い切るのですね」
「ええ、私たちの城を襲い、ソロの村を滅ぼした。
そして今も人間を滅ぼそうとしているわ。それで十分よ。
そうでしょ?」
「ええ……姫さまがそう仰るのなら」

月である私が自ら光る事はない。ただ姫さまの光に導かれ、それに従うまで。
私が闇に囚われ見失ってしまった答えも、あっさりと光の元に引きずり出してくれる。
だから私は常に光り続けるその高貴な存在に、惹かれ続けるのかもしれない。




 





2010/05/04

話の途中に出てくる「サランの悪夢」は昔サランに災害があって、ブライが活躍したというオリジナル設定です。

「欲に走った人間と 愛のために わが身を滅ぼしても 復讐をちかう魔族。
私には もう どちらが 正しいのか わからなくなりました……」
ゲーム内のクリフトのセリフ。
彼はど真面目だからこそ悩みすぎて黒くなる事もあるんじゃないかと。
そしてそれを助ける事ができるのはアリーナしかいないのではないかと思うのです。

殺さず倒すのが面倒なだけであって、やっぱり対一般人だったら導かれし者は全員(ブライでさえも)かなり強いと思う。
特にクリフトはアリーナ含め導かれし者以外の人間相手の戦闘をしてきてないので、手加減が分からないというか。
(人間相手の戦闘もストーリー上あったけど、基本後方支援、回復役なので)

後半のキャラの位置関係が分からない方へ……