それは旅の途中のある夜の出来事。
今朝から入った森は深い割にところどころ切れ目があり、野営の場所へと選んだ場所もそんな所の一つだった。
いつものように夕飯を食べ終わり野営の準備が終わった頃、たき火を囲んで旅人達は思い思いの時を過ごしていた。
アリーナが姉妹達と何やら真剣そうに顔を突き合わせて話し込んでいるのを横目に、クリフトは仲間達の輪からそっと外れた。
アリーナが自分の元へ来る時間が減ってしまったのは悲しいが、城では近しい年の女友達がいなかった事を知っているだけに『女の子同士』じゃれあっている様子は微笑ましいものがあった。
その時間を大切にしてあげたいという思いと、どこか嫉妬に似た感情に苛まれるのにクリフト自身も呆れてしまう。
遠くにたき火の炎がうっすら見えるその場所は、人工的に切り開かれた空き地のようだった。
真ん中にはおあつらえ向きの切り株が一つ。
クリフトはそこへ腰掛けると満月の月明りの元、読み途中だった本を開く。
旅に出てからというもの、読書の時間がほとんど取れなくなってしまっていた。
馬車の中で本を広げようものなら、マーニャの「またお勉強なの、神官様」と妨害に合い結局はカードゲーム大会に巻き込まれ、船の上では釣り大会、気球ではシャボン玉大会と、遊びの天才に振り回されては未読の本が溜まっていく一方だった。
「あの人は、私の読書を邪魔する事を生き甲斐にしているのではないでしょうか…」
艶姫の妨害を思い出してはため息を吐く。
その上、サントハイムの城内やサランでは手に入らないような珍しい本を見つけては購入しているうちに、手荷物の大半が書物で埋まっている事も多かった。
書物に目のないクリフトは、自分に割り当てられたお金の中からなんとか工面して買ってはいたが、
「クリフト…もう本を買うのは止めてくれ。馬車の床が抜けるだろ!」
とソロからも注意を受けてしぶしぶ諦めた本もたくさんある。
読み終えてしまえばサランの知人の元へ送る事もできるのだが、本好きのクリフトには未読の本を手放すことなどできなかった。
青白い月光は頭を冴えさせるようで、遠くの仲間達の笑い声が聞こえなくなる程集中して読み進めていた。
耳に聞こえるはページをめくる音だけ、目に見えるのは紙に書かれた文字ではなく、物語が目の前で演じられた劇のように繰り広げられていく。
そこへ現実世界へ戻すオレンジの明かりが照らされた。
ふと顔を上げると、ランプを持ったアリーナがすぐ側に立っていた。
「姫さま?」
「月明かりだけじゃ目を悪くするから、ソロが持ってけって」
「ありがとうございます」
ランプを手渡すと、手ぶらになったアリーナは皆の元に帰るわけでもなく、クリフトの隣にストンと座る。
そもそもいくら月明かりがあるとはいえ、森の茂みの中にアリーナを一人帰す訳にはいかない。
片道分の明かりだけ持たせて行かせたソロの気遣いにこっそりと感謝した。
「もしかして、私が来るの気付かなかったの?」
アリーナは隣を見ずに、そのまま遠くのたき火の明かりを見つめている。
「ええ…すみません」
「私だったら良かったけど、魔物だったらどうするのよ?!」
「それはさすがに気付くと思いますよ」
「え?」
「姫さまは私に害を与えようとして近づいて来た訳ではないでしょう?
さすがに私でも殺気を放っている魔物の気配くらいは読めます」
「そうね!じゃあ、今度は殺気立って近づくわ!!」
「それはどういう意味ですか?!」
慣れと呆れが混じり、ため息に変換して吐き出すと、クリフトはさっきから聞きたかった本題を切り出した。
「それはともかく、ミネアさんやマーニャさんとお話なさってたのではないですか?」
「うん… ねえ、クリフト。クリフトは占いを信じる?」
ランプの温かい光の中、アリーナはクリフトを頼り無さげにそっと見上げる。
「ミネアさんの占いですか?とてもよく当たると聞きますが…なにしろソロさんを見つけたお方ですから」
勇者ソロを最初に見つけ、そして導かれし者を見分ける事のできた彼女の占いは恐ろしいほどに当たると言われている。
現に旅の途中、幾度とその奇跡のような予言に助けられた事もある。
「やっぱりそうよねー」
アリーナは自分のつま先を見ながら、面白くなさそうに軽く地面を蹴った。
「何か良くない結果が出たのですか」
「うん。『死神の正位置』だって…明日運勢…」
「それでは…」
クリフトはそこで一度区切ると、小さく笑う。
「明日は馬車で休んでいらっしゃればいいと思いますよ」
「何でクリフトが嬉しそうなのよ!」
「いえ、姫さまが大人しくして下されば、私は安心していられますからね」
「それは嫌!私はもっともーっと闘って強くなりたいんだもの」
「ねえ!クリフトも占ってもらいなよー」
「占わなくても、明日の運勢は分かっています」
「え?」
「姫さまと同じ『死神の正位置』 私は常に姫さまと共にありますから、運命も同じはず。
悪い運勢も2人で分つ合えばきっと楽に乗り越えることができましょう」
「ありがとう… でもねクリフト、2人じゃないよ8人だよ」
そうでしたねとクリフトが苦笑する。
アリーナは小さく息を吐くとそっと身体を寄せてクリフトに軽く寄りかかった。
その温もりに安心するかのように、クリフトは再び静かに本を開いた。
「おーい、そろそろ寝るぞー」
ソロがランプを片手に声を掛けにいくと、クリフトとアリーナは1つの切り株に座り、お互いにもたれ合いながら眠っていた。
「はぁ…やけに静かだと思ったら」
ため息混じりに息を吐き、クリフトを揺り起こす。
次の日、クリフトとアリーナは揃って盛大なくしゃみ合戦を馬車の中で起こしていた。
「寒いのに、外で寝たりするから…」
小言を言いつつソロは馬車待機を言い渡すと、二人は毛布を頭からかぶり申し訳無さそうに薬湯をすすっていた。
「おぬしが付いておりながら、姫さまに風邪をひかすなどと…」と馬車の中ではブライの説教が続いている。
二人の代わりに外を歩く姉妹は馬車の中を覗きながら、そっくりな顔を見合わせてこそこそと囁く。
「『死神の正位置』当たったのかしら?」
「少なくともあたしには、2人共幸せそうに見えるけど」
「じゃあ珍しく外したみたいね、私」
ミネアは手にした銀のタロットを手持ちぶたさに、切ってみた。
クリフトを見ながら今日の運勢をこっそりと占えば『太陽の正位置』
もしかしたら、2人でプラスマイナスゼロって事なのかしら?
馬車の中からは2人のくしゃみが続いて聞こえてきた。
終
▲ ●
2009/11/03
何故か私がミネアの銀のタロットを使うと、かなりの確率で「引いてはいけないカード」が出るので恐ろしい…
タロットで一番悪いカードは「塔の正位置」らしいのですが、ここは分かりやすく死神に。
クリフトは月、アリーナは太陽のイメージがあるので、ここでの温かいランプの光もアリーナのイメージです。
|