ソライロラムネ


8月最後の日曜日。
昼間はまだまだ暑いながらも、夕方近くになると涼しい風が吹き始め、ヒグラシの鳴く声がいっそう涼しげに聞こえる。
夕日町応援団の練習終わりの、自分達新人コンビ…もとい眼鏡コンビは暑さのため多少ぐったりしながら、帰り道を歩いていた。

神社の脇を通ると、最後の夏を楽しむように、祭りが催されている。
浴衣の女性と、テキ屋のおじさんのかけ声、子供達のはしゃぐ声。
笛や太鼓の祭りの音に思わず顔を上げると、独特の高揚感がぐったりしている自分達にまで乗り移る。
どこかソワソワした気持ちを抱えながら、参道の方へ目をやると色とりどりのテントを張った屋台が並んでいた。
フランクフルトのジュージューと焼ける音に、焼きそばのソースの匂いが漂って思わず「腹減ったなぁ…」とつぶやく。
応援団の練習での飲み食いは団持ちなので、今日は2人共財布を持ってきていなかった。
やっぱり出掛ける時くらいは、財布を持ち歩くべきだったかな。と後悔し始めた頃…
ぐぅ〜
すぐ隣で鳴った、女の子には似つかわしくない大きな腹の音に、思わず吹き出した。
「わ、笑った! ていうか、聞いたわね!」
顔を真っ赤にして、ピンクのツインテールを派手に振り回して葵が振り返る。
「だって、あんなに大きな音じゃ…」
笑いを堪えつつ「まあまあ」となだめていると、このまま真っすぐ帰るのが勿体なくなってくる。
もう少しだけ、同じ時間を過ごせたらいいのに。

こんな時に、この頭脳を使わないでどうする?
しかし数学の応用問題を解くのが得意でも、こんな状況の打開案などとっさに思いつくハズがなかった。
半分諦めて、下ろした右手の指先に何か堅い物が当たる事に気が付いた。
場所は、ちょうど長ランの右ポケットの辺りだ。
演舞の時に邪魔になるので、ポケットには何も入れてないはずなのだけど…
今日の行動を思い返して、ハタと気が付いた。

「神田さん、ラムネ飲みませんか?」
一番手前に出ていた屋台を指差した。
日に焼けたおじさんが、パイプ椅子に座って暇そうに、うちわであおいでいる。
カラフルなパラソルを2つ差し、その下で子供用のビニールプールに氷水を張って、ジュースやラムネ、コーラのビンが浮かんでいた。
『ラムネ1本100円、ビン返却代10円』の色あせた看板が掛かっている。
「でも、私お金持ってないよ」
「ラムネくらい奢ります」
ポケットに入っていた100円2枚を取り出して見せた。
今日の練習終わりに、自販機で飲み物を買ったお釣を無造作にポケットに仕舞ってそのままにしてあったのだ。
本来なら団のお金なのだけど、明日返せば問題ないだろう。

おじさんに200円を手渡すと、ビニールプールからラムネビン2本を取り出して、タオルで拭いて手渡してくれた。
「まいど!」
自分は、あれ?とした顔で見返すと、おじさんは左を指差した。
その先は、日に焼けて色落ちしたパラソルと、その柄には何かがヒモでくくり付けてある。
「最近、自分でやりたいって人が増えてねぇ」
「なるほど…」
小さくつぶやいて、手にしたラムネのビンを1本、葵に手渡した。
「神田さん、やってみますか?」
渡された冷えたビンを手にはしたものの、自分の言葉の意味が分からず、小首をかしげる。
同時に、肩からピンクの髪の塊がサラリと滑り落ちていく。
「ラムネは、ビー玉で封がしてあるんですよ」
自分がビンの口を指差すと、確かにガラスの塊が内側から封をしているようだった。
「”玉押し”で、このビー玉を押してやると…」
パラソルにくくり付けられていた”玉押し”でラムネの口を塞いで、手のひらに力を入れて軽く押す。

ポン

かわいらしい破裂音がする。
ビンの中からシュワシュワと泡が立ち上ってくるのに反して、ビー玉は炭酸の気泡をまとい、太陽の光を反射してキラキラと落ちていく。
ビンのくびれでコトンと止まると、泡が弾けていった。
「凄い!おもしろーいっ!」
自分から手渡された玉押しを使い、同じようにしてみてはあふれた泡にキャアキャアと騒いでいる。
くるくると表情が変わる葵を見ていると飽きなくて、このまま手放してしたくなくて。
さて、ここで第二問。
今度はどうやって、彼女を引き止める?
制限時間はかなり短い。早く言わなければ、このまま帰る事になってしまうだろう。
さあ、早く!

「せっかくだから、お参りして行きませんか?」
鳥居とその奥に続く、涼しげな石畳を指差した。
参道の周りに植えられた杉の木が、石畳に影をつくり、どこか神秘的な雰囲気を醸し出している。
慌てて言ったせいか今までとは明らかに違うトーンの声に、葵は怪訝そうに小首をかしげて振り返った。
ポケットに無造作に手を突っ込むと、ラムネビンの返却で戻って来た20円を取り出して1枚を葵に差し出した。
「はい、お賽銭」
「え?悪いよ〜 さっき、ラムネもおごって貰ったし」
「たったの100円じゃないですか。気にしないで下さい」
うーんと考えたあと、にっこりと笑って手を差し出し、10円を受け取る。
「じゃあじゃあ、私、はじめ君の事をお願いするね」
「え?」
聞き返した時には、すでに10円を放り投げ、ガランガランと鈴を鳴らしていた。
慌てて自分も学帽を脱ぐと賽銭を投げて、手を合わす。

急いでいたので、何を願えばいいのか考えていなかった。
ただ今は、一つだけ……
「はじめ君が、応援上手くなりますよーに!」
隣で、目をつぶった葵が、手を合わせて真剣にそう唱える。
「神田さん…口に出したら叶わないんですよ」
「え?そうなの?!」
まだ手を合わせたまま、顔だけこちらを見て口をポカンと開けている。
「でも、大丈夫です。自分は、神頼みなど頼りにしませんから」
学帽をかぶり、ツバを持ったままニコリと笑いかけた。
「自分で、お参り誘ったくせに、カッコつけるなー!」
葵が繰り出した右ストレートが、ボスリと鈍い音を立ててみぞおちにハマる。
あの細い身体から、信じられないような力が打ち込まれ、ちょっとの間、息ができなくてケホケホと咳き込む。
「わわ…ごめんーはじめ君」
慌てて、葵が背中をさすると、なんとか呼吸が整ってくる。
しかし、このまま苦しいフリをしているのも良いかな?という想いが頭をかすめた。
「じゃあ、神頼みを信じないはじめ君は、何をお願いしたの?」
短い呼吸を繰り返し、なんとか返事を返した。
「秘密です」
「もー!!!」

ただ今は、一つだけ。
---神田さんとずっと一緒にいられますように---
とっさに願ってしまったことを思い出して、笑ってしまった。

きっと、この暑さのせいだ。
帽子を脱いで、汗を拭う。
空を仰ぐと、秋にさしかかった空は夏の濃さは残していない。
淡い水色の空に細かい雲が浮き、まるでラムネ色。
「さあ、帰りましょう」
そう言った先で葵が微笑んだ。








こんなんしておいて、田中は全く自覚はないと思います、ニブップルさいこー
勉強はできるけど、その頭脳はあまりコミュニケーションには役にたたない。
田→葵でーす。
ええ、需要など考えないもーん。
自家発電を晒すんだもん。
2008.08.31

[戻る]