お菓子ちょーだい! 

[GS2]

「トリック オア トリート!」
私は満面の笑みを浮かべて彼の前に立ちはだかった。
「さあ!お菓子ちょーだい!くれないなら、イタズラしちゃうぞ!」


Case:1 SAEKI
「はあ?何言ってんの?」
突然私の脳天にズシンと衝撃を受けた。目の前にチカチカ回るお星さまを見ながら下から見上げると、彼はニヤニヤと笑みを浮かべたまま手刀を納めた。
「う…今にみてろぉ……」
「何だよ、その悪役みたいな捨て台詞は…まあいいか」
まだ星が残る目の前に突き出されたのは、オレンジ色のカップケーキ。
「店の余ったヤツ。昼飯に食おうと思ったけどやるよ」
「さっすがぁ〜 佐伯くん!」
大きな手から受け取ったカップケーキからはカボチャの甘い匂いが漂っていた。



Case:2 SHIBA
「………」
彼は眠そうな顔で私の顔を見下ろすと、ふと何かを思い出したかのように、ポケットに手をやった。
すこしの間ポケットをまさぐると、その手を私の方へ突き出した。
「?」
「ほら、手を出せ」
その声に促されて手を出せば、乗せられたのは板ガムだった。
「これを食ってると眠くならない」
「あ、ありがとう」
これもお菓子になるのかな?爽やかなミントの香りのするそれをそっと受け取った。



Case:3 HARRY
「とりっく?何だそれ?!」
「えっと…外国のお祭りらしいよ?」
「で、何で俺様がお前に菓子をやらなきゃいけないわけ?」
「そういうお祭りなんだって!ほら、豆まきとか、獅子舞に頭噛ませるとかそういうのと同じだよ」
「はぁ?意味分かんねぇ」
「で、何かお菓子持って無いの?」
「ああ、コレならやるよ」
そう言って、ズボンのポケットから出てきたのはレモン味ののど飴だった。
「ありがとう!さすが!未来のロックスター!」



Case:4 CHRIS
「わー、あかりちゃんもハロウィン参加するの?あかりちゃんの魔女姿、きっとカワイイだろうなぁ〜」
彼はポンと胸の前で手を合わせると、嬉しそうに柔らかな笑みを浮かべた。
すでに黒いマントを背負って、ふわりとなびかせている。
「えっと…仮装は次の機会に…」
「うんうん。めっちゃ楽しみだわー はい、お菓子。みんなに配ろうと思って用意してしてん」
飴が詰まっているカボチャのカップを差し出した。
「わ〜 かわいい!ありがとう!」



Case:5 AMACHI
「先輩、僕だって毎日お菓子を持ち歩いてるわけじゃないんだよ」
「え?!そうなの?」
「もう、失礼しちゃうな」
彼はぷいと不機嫌そうに横を向いた。
「ごめんね!」
手のひらを合わせて小さく謝ると、ニヤリと企み顔で返された。
「なーんてね。さっきクラスで配ってたやつだけど」
サイドバッグから取り出したのは、おなじみの駄菓子だった。
「先輩にカンタンにイタズラされるほど、僕は甘くないよ?」
「ふふ、ありがとう!」



Case:6 MASAKI
「あーそれか、そんなに流行ってるのか?店でもカボチャの装飾ばかりだ」
「お花屋さんですものね」
彼は校長室に運ぶのだという植木を車から運び出して、台車に乗せていく。
「今、配達のサービスで配ってるんだ」
そう言って作業の途中、エプロンのポケットから小さなカボチャの置物を取り出した。
「菓子じゃねぇけどよ、カボチャは本物だ。あ、だけど食うなよ!」
「わぁっ、ありがとうございますっ!」
手渡された小さいながらもジャックオランタンの掘りが施されたカボチャは、しっとりと手のひらになじんだ。



Case:7 WAKAOUJI
「やや、先生いたずらされちゃうんですか?」
「お菓子を下さったら、考えてあげましょう」
彼はクスリと笑うと、白衣のポケットから無造作に何かを取り出した。
黒い玉状のそれは、透明なフィルムに包まれている。
「昨日作ったばかりの、とっておきの頭脳アメです。教頭先生には内緒ですよ?」
「ありがとうございます!」



Case:8 HIKAMI
化学室を出て階段を駆け下りる。そういえば、1年半前にここを駆け下りて大変な目にあったのを思い出したけど、そのまま事故現場を駆けぬけた。
現役の生徒会執行部員が廊下を走るなんて、きっと彼に見つかったら怒られてしまう。
生徒会執行部の部室の扉の前で息を整えると、深呼吸を一つして扉を開いた。
今日は部活はないはずだけど、一番奥の机にはパソコンに向かう彼の姿が夕日に照らされて影になっていた。
私は目を細めてその姿を見つけると、ゆっくりと近付いていった。

「氷上くん、お疲れさま!」
「ああ、君か。廊下を走る音が聞こえたから、まさかとは思ったが…」
「今日は部活ないんでしょう?」
「もう少ししたら、会長の引き継ぎがあるからな。できるだけの事はしておかないと」
「そっか、来月は会長選挙だもんね」
「もう1年経ってしまうんだな。それで、どうしたんだい?」
「あ!氷上くん、トリックオアトリート!! お菓子ちょーだい!くれないなら、イタズラしちゃうぞ!」
私の声の後、一泊置いて呆れたような静かな言葉がためいき混じりに吐き出された。
「君は……この学校の校則を知っているはずだろう? 2月14日と3月14日以外は、菓子などの勉学に必要のないものは持ち込み禁止だ」
「それは知ってるよ。今年だって氷上くんにチョコあげたし、お返しももらったもん」
「それなら話は簡単だ。僕はお菓子を持っていない。以上だ」
「本当に持って無いの?のど飴とか、ガムとか?」
「持っていない。大体君は、生徒会執行部員の身でありながら何をやっているんだ」
彼の言葉が全く届いていないかのように私はにっこりと笑う。
「そうか、じゃあ仕方ないね、イタズラされても」
「はぁ?」
いつもは身長差のある私達も、彼が座っているおかげで今は私の方が高いくらいだ。
彼が眉をひそめて首を傾げると、私はすっと手を伸ばして彼の一番の特徴でもあるメガネを取り去るのは簡単だった。
「こ、小波君?!」
メガネを取られた彼は、慌てて私の腕を取ろうとしたけどすばやく身を引いた私に届かない。
そのままレンズを触らないように丁寧にメガネを折り畳むと、ワンピースのポケットに入れた。
危ないけど、叩いたりしない限りは壊れる事はないだろう。
「な、何をするんだ!それがないと僕は…」
メガネを欠いた彼の顔は、つり目ながらもどこか不安げな瞳はあどけなく見える。
座ったままゆっくりと手を伸ばしてきたけど、それを簡単に避けてずずっと近づいた。
彼の左肩に手を掛けると、そのままそっと頬に口付けた。
「なっ?!!」
ガタンと立ち上がった彼を見上げてニッコリ笑いかける。
顔が赤いのはきっと裸眼の彼には見えていないはず。…だといいな。
固まったままの彼を横目に、私はキーボードの隣に静かにメガネを置くと「じゃあ、さよならっ!」と逃げる様に走りだした。
「君っ!廊下は走らない!」
といつもより覇気のない声だったが律儀に注意を忘れない。
まだ廊下じゃないんだけどな。もちろん廊下も走るつもりだったけど。
扉を開けるときに軽く振り返れば、彼の顔も赤かったのは夕日のせいなのか。
「これはイタズラだもん。他意はないんだからっ。氷上くんがお菓子を用意してなかったのがいけないんだ」
そうい言い捨てて、扉を閉めて廊下を走り抜けた。
扉を閉じた瞬間、ズサリと椅子に座り落ちるような音と「何だったんだ……」というつぶやきが聞こえたような気がした。

「トリック オア トリート!」
おかしをくれなきゃイタズラしちゃうぞ!



 




氷上くんはお菓子持って無いから、イタズラされてもしょうがないよね。うん。
2013/11/04