続・座長の一日休暇

 最近のワンダーランドのセカイでは読書が流行っている。ワンダショのメンバー達が自分のオススメの本を持ってきて皆んなに貸し出したからだ。
カイトは司が持ってきた分厚い魔法学校の小説がお気に入りで、いつもは座長をクビになると少々狼狽えて何をしようかと困っているのに、今日はホクホクと本を抱えて自室にこもってしまった。
 ミクとリンとルカとぬいぐるみ達はえむが持ってきた絵本を、レンは類の簡単な工作のハウツー本を、メイコは寧々の少し変わった小説にハマっていた。

 今まで読んだ事のないような物語の展開で、最初から主人公が死んでしまう事にびっくりした。その後全く別の世界で悪役令嬢に生まれ変わってやりたい放題するのだ。メイコは自分が悪役令嬢になったらどんな事をしようかしらと思い悩んで、悪役なんだからいっその事人間を料理して食べてみたいわとかなんとか考えつつスキップしながらカイトの部屋の前までやってきた。自分では料理できないから、カイトに料理してもらいましょうと。

 メイコは少し前、カイトには”貸し”を作っていた。生真面目なカイトが心配事に悩まされて眠れなくなった時、文字通り膝を貸してあげたのだ。メイコは何とも思わなかったが、周りとカイト本人が少々騒いでいたのが不思議だった。
 その時の写真を見せると彼は「何でも言うことを聞く」というので「本当に何でも?」と念を押してもうんうんと首を縦に振るばかり。なので今からお返しをしてもらおうと思っていた。
 メイコがドアをノックすると中から落ち着いた声で「どうぞ」と返ってくる。
 ドアを開けると三方が大きな本棚に囲まれた部屋にメイコはいつも気圧されてしまう。真正面の一番奥に据えられた執務机でカイトはやはり本を開いていた。本棚にはギッシリと本や大道芸に使う道具が押し込められていて、机の上にも地球儀やら大きな羽ペンやら燭台が所狭しと並べてある。燭台は司の部屋にあるものと同じらしく、彼はこの部屋に来る度「こんな部屋が欲しい」と言っているので、司の想い抱く理想の部屋なのかもしれない。

「どうしたんだい?」
 彼は本に栞を挟むと丁寧に本を閉じた。
「ほら、この前の膝枕のお返しをしてもらおうと思って」
「ああ……」
 少したじろいだカイトは視線を逸らし少し赤くなった気がしたが、部屋が暗かったから見間違えかもしれない。メイコは仁王立ちで言い放った。
「腕枕をしてもらおうと思って!」
「は?」
 小説の中で悪役令嬢が王子にしてもらって大層喜んでいた。きっと楽しい事なのだろう。”膝枕”をしてあげたのだから”腕枕”をしてもらうのでお返しとしてちょうどいいのではないかと、メイコは自分の考えに自信満々ににっこり笑う。軽い足取りで机の前までやってきた。
「ほら、そこにベッドもあるでしょう?」
 部屋の左奥には木製の仕切りがあり、その奥はカイトのプライベートスペースとなっていてベッドとクローゼットが置いてあった。
「メイ…コ?あの…腕枕が何だか分かっているの?」
 困惑気味の彼の言葉にメイコは小首をかしげた。
「寧々ちゃんが貸してくれた本に書いてあったの。腕を枕にして寝るんでしょ?」
 膝枕と同じよと、腕を取って仕切りの向こうへと引き込もうとするメイコに、カイトは慌てて制するとドウドウと落ち着かせる。
「ごめんメイコ、お返しは別の方法でもいいかな?」
「さっき何でもいいって言ったでしょ?カイトはいつだって私のお願い事聞いてくれるじゃない!」
 付き合いの長い間柄こうなったメイコがテコでも動かない事をカイトは知っているし、彼もメイコのお願いに弱い事を自分で知っていた。どうしても無理な時は必ず代替案を用意してでも叶えてあげたかったのだ。
 カイトは腕を掴まれたまま思案した。

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 カイトがメイコの手を引いて連れてきたのは城の側にある日当たりの良い小さな広場で、ルカのお気に入りの柔らかな毛並みの芝生が敷いてある。その周りは低木が植えられていて、寝転ぶと周りから見えにくくなるのも高ポイントらしい。
「メイコここならどうだろう?」
「あっ、ここはルカの一押しの芝生なんだよ!」
 そうでしょうそうでしょうとカイトは頷いて、その真ん中に腰を下ろした。釣られてメイコもその横に座るのを確認すると、彼はゴロンとそのまま寝転んで大の字となった。名前をつけるなら『虚無』といった表情で、遠く上を眺めている。
「メイコ、僕の腕を枕にして寝るんだよ」
 そう言われてようやくメイコは自分が頼んだ“腕枕”が始まってる事に気がついた。なぜベッドではダメだったのかは分からなかったが、言葉の通りゆっくりと寝転んで彼の腕に頭を乗せた。
 空は青く澄んでいて、虹色のくまさん雲が浮かんでいる。メイコがこの芝生に寝転ぶのは初めてだったけど、確かに柔らかい芝生がふかふかしていて青い草のいい香りがした。

 メイコがゴロリと体勢を変えてカイトの方へ向くと、ちょうど彼の脇の辺りにぶつかってピッタリと収まった。あれ?とメイコが顔を上げてカイトを見上げるとさっきと同じく上を見上げたままであった。
 いつもは見た事の無い角度からカイトの顔を見るのは新鮮な気がする。顔の輪郭から顎のラインは角張っていて、カイトも男の人なんだなぁとメイコはぼんやりと思いつつ胸に頭を預けた。
「メイコそろそろ終わっても…?」
 悲鳴にも似たか細い声にメイコは半身を起こして彼の顔を覗き込んだ。
「私の時は2時間もあなたは寝てたのよ。私も同じだけ寝ないとお返しにならないじゃない」
 メイコはそう言うとそそくさと再び元の位置に戻る。最近夜遅くまで本を読んでいたせいで寝不足でもあったし、何よりも安心感と温かさの心地よさは癖になりそうだった。悪役令嬢が喜んでいたのも今なら分かる気がすると遠くなる意識の中考えた。
 ずっと上を見上げていたカイトは、寝息を立て始めたメイコの顔をチラリと見てため息を吐くと彼女をそっと抱き寄せた。胸にのし掛かる彼女の重さは苦にならない。
 相手が聞いていないのをいい事にカイトは彼女のつむじの辺りで囁いた。
「知ってる?こういうの生殺しって言うんだって」
 すぅ…と返ってくる返事に軽く笑うと自分も目を閉じた。
「おやすみメイコ、いい夢を…」

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 その日の夜、メイコは自室に戻ってベッドに転がって天井を眺めていた。
 バーチャルシンガー達の部屋はワンダーランドのセカイの真ん中にあるお城の中にある。大中様々なサイズとコンセプトの違う部屋はさながらモデルルームのようであり、みんなそれぞれ好きな部屋を使っていた。
 メイコの部屋はカイトの部屋の半分程の広さで室内はログハウスのような落ち着いた木の家具で統一されている。カーテンや布団カバーなどのリネン類は赤のチェックで、最初にこの部屋を見ていっぺんで気に入って選んだのだ。木の温もりがあっていいと思っていたのに、今日は布団をかぶっても冷たい布団に体温を吸われてなかなか温まらなかった。
「カイトと一緒に寝た時はあんなに温かかったのになぁ…」
 あつらえたように二人の身体がフィットして自分より少し高いカイトの体温が心地よかった。
 そうやってとろとろと眠りにつくと、現実と夢が混ざったような浅い眠りの間に、カイトがご馳走を作ってくれる夢を見た。メイコは夢でもカイトに会えるなんて嬉しいなぁという陶酔感のまま深い眠りについた。

 一方同じく自室のベッドに寝そべっていたカイトも全く眠れずにいた。なぜあの時自分はメイコを抱き寄せてしまったのか。彼女の体温と柔らかさと甘い匂いが蘇ってきては、その記憶の鮮やかさに身悶えしてしまう。
 もし次にメイコがベッドに誘ってきたら断る自信がない。カイトは悶々と眠れないまま夜を明かした。



 

2022/3/12