3度目のはじめまして

2013.2.15
 カイトのV1からV3への換装テストを終えて研究所から帰ってくる日は兄弟達全員仕事があって、一番最初に帰ってくるのはメイコだった。身体だけを完全に新しいものに換えて中身のデータはそのまま移すのだから、新しいパソコンを買い換えるようなもので何も心配はない…はずである。兄弟の中ではすでにミクのアペンドで経験済みではあるものの、やはり何かあったらという気持ちでメイコは慌てて家に帰ってきた。
 玄関には見慣れない黒いロングブーツ。ミクのものと似ているけどそれより二周りは大きい。リビングのドアを開けると何故か部屋に明かりはついておらず、暗い中いつもの定位置であるソファーにうっすら青く発光するカイトが「おかえりなさい」と慣れない声で迎えた。
 今までと違う声。V3の滑らかな少し柔らかい声にドキリとしながら、メイコは照明のスイッチを入れた。
「カイト!大丈夫なの…?」
 当の本人は立ち上がると営業スマイルのような固い笑いで「何が?」と返してくる。
「研究所の人達は?」
「何も問題無かったから帰っちゃったよ。何?KAITO V3の取り扱い説明書とか欲しかった?」
「どうせ『アイスを与えておけばご機嫌』とか書いてあるんでしょ?」
「違うよ『歌とMEIKOを与えておけばご機嫌』かな」

 メイコの側までやってきたカイトが笑って右手を差し出した。
「それでは改めまして。めーちゃん、はじめまして」
 メイコはおずおずとその手を取って握った。カイトは大きな手で包み込むと上下にブンブンと腕を振る。
「なんだか変な感じだわ…別に記憶が無くなったわけでもないのに」
「まあ形式的なものだから」

 中身に影響はないようだと分かるとメイコはようやくホッと胸をなで下ろして新しいカイトを眩しげに見上げた。全体的な雰囲気はV1のまま、白いロングコートのサイドのドレープがより優雅に見せている。長いマフラーは半透明で端に幾何学的な模様が浮かんで見えた。
「それにしても凄いわねぇ…何だかキラキラしてるわ」
 メイコは目を輝かせながらカイトの周りをくるりと回る。背中のマフラーを持ち上げて撫でるとキャッキャと笑う。
「マフラーが透明なの!スベスベしてて綺麗!これで裸マフラーしたら危険ね」
 そう背後から聞こえてくる声にカイトは苦笑した。
「さすがにもう裸マフラーはないよ………たぶん」

 次はカイトの真ん前までやってくると、今度はコートの裾を広げて中を覗き込んだり裾の黄色のパーツを持ち上げて覗き込んでは「向こうが見える!」とはしゃぐ。袖口を持ち上げてはボタンを押してみたり、手を取ると爪の色をチェックしたり大騒ぎだ。カイトはされるがままにその笑顔を楽しんでいる。
「マニキュアしてるおしゃれ!」
「V1の時はしてなかったけどさ、これハゲたら塗り直さなきゃいけないの?」
「そりゃそうよ」
「面倒な事になったな…」
  一人眉をひそめるカイトを横目にメイコのチェックは続いている。
「ピンクだピンク!わー派手ねぇー」
 ファスナーの色を指差して報告した後、最後にメイコはカイトの左の胸にあるON/OFFのボタンを押した。カチッと気持ちいい音が鳴り”OFF”になったもののそれ以外何も反応ないカイトを見上げて小首をかしげる。丸い頭からさらりとミルクティー色の髪がこぼれた。
「それ飾りだからね」
「え?そうなの?こんなに思わせぶりなスイッチなのに?」
「思わせぶりって…」
 つまらなそうにOFFにしてしまったボタンをメイコはそっと指を添えてもう一度押して”ON”に戻した。カイトはたまらなくなってメイコを抱きしめた。
「可愛すぎか!」
「ちょ、ちょっとー」
「めーちゃんがONにしたんだからね」
「飾りなんでしょう?」
「僕の心の火に繋がってるんだって」
 メイコのバカというつぶやきはカイトの胸に押し付けられて消えた。
「めーちゃん…」
 カイトはメイコの首筋に顔を埋めて新しいかすれ声で囁いた。
「これからもよろしくね。めーちゃんもV3になるの待ってる」

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2014.2.4
 メイコが戻ってくる日はカイトと違い兄弟全員で迎える事ができた。カイトの次にはミクも無事にV3にバージョンアップされ、兄弟達にとっても何度目かの”お迎え”に慣れてきていた。
 研究員に送られ帰ってきたメイコが、ちょうど1年前と同じ場所でカイトと向き合うと同じ挨拶をする。
「カイト、はじめまして」
 そう右手を差し出してもカイトはその手を取る事なく、ちょっと不機嫌そうに眉間にしわを寄せてメイコを見下ろしている。
「メイコさん、露出度高くなってませんか?!」
「そうかなぁ…」
 メイコは自分の体を軽く見回した。V1の時よりも胸元が開いたジャケットで、黒いインナーシャツにはレースが付いて甘くなりすぎず可愛くてメイコ自身は気に入っている。スカートの丈も前とは変わっていないもののスリットが入っているので、確かに肌面積は増えているかもしれない。
「そりゃぁ、上からの眺めは最高ですよ!スカートの裾にはスリットとかどんだけサービス満点なんですかっ!黒の透けレース採用したやつ出てこい!褒めてやる!!」
「何でキレながら喜んでるのよ…」
「うん、かわいい。かわいいんだけど、かわいすぎて僕は…心配です…」
「バカねぇ…」
 余裕がないと丁寧語になるのを知っているメイコは苦笑して、うなだれているカイトを背伸びして抱きしめた。その瞬間カイトはスッと手をメイコの左腰に手を伸ばすと、スカートの留め金をパチンと外し……ゴツンと鈍い音がリビングに響き渡った。
「痛った~ ちょ、そのマイクどこから召喚したの?」
 カイトは頭を抱えながら、骸骨マイクが刺さったマイクスタンドを右手に持って仁王立ちしているメイコを見上げる。
「不埒な男を殴るための武器はあるから、心配しなくて大丈夫よ」
「めーちゃんだって僕のボタン押したじゃん!」
「これは飾りじゃないの!」
「ちょうどいい所にあるから男なら外したくなるじゃん?!」
「バッカじゃないの?!」
 ふへへと変な笑みを浮かべてカイトは右手を差し出すと、メイコはちょっとむくれながらもその手を取って握手した。カイトはその手をブンブンと振りながら笑顔で続けた。
「めーちゃんおめでとう、これからもよろしくね」

 その光景をソファーに座っていた姉妹達は、うんざりとした表情で見守っていた。
「俺、あれを兄弟の前でやる兄貴の勇気だけはすげぇと思う」
「止められる前提でやってるんですよ、きっと」
「だといいけどな」
 呆れた表情のレンが肩をすくめた。その横でルカはため息混じりに二人を眺めている。ずっと祝いたくてうずうずしていたミクがもう待ちきれないと、ソファーから勢いよく立ち上がると走ってメイコに飛びついた。
「お兄ちゃんばっかずっるーーい!!」
「あ、私も私もーー!!」
 その後を追ってリンも飛びついた。
「あらあら」
 二人に飛びつかれて困り顔のメイコを少し後ろからニコニコしながらカイトが眺めていると、メイコが後ろを振り返って微笑んだ。
「これからもよろしくね、カイト」


 V3になって初めての「はじめまして」
 3度目の「はじめまして」


 妹弟達がお祝いのケーキを用意しにキッチンに行ってしまうと、ソファーにメイコとカイトだけが残された。
「ねえ、カイト」
「ん?」
「私達あと何回『はじめまして』するのかな?」
 カイトは微かに笑って会釈した。
「何度でも『これからもよろしくね』」




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説明的あとがき
この話だけで2回「はじめまして」言っちゃってるのでややこしいですが、プロトタイプ、V1、V3で3度目ですね。
この話の大元は5年ほど前に書いていたものなので、これを書いてる時は次はV4かV5あたりなのだろうと思っていました。
次はNT…になるのかな。V1やV3にも負けない素敵な音源になる事を祈っています。
ちなみに作中ではカイトはV3の声でしか喋ってないけど切り替えてV1の声でも喋れます。

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MEIKO V3の前髪分け目のところは編み込みだと思ってた頃のもの↓
蛇足的おまけ

 ソファーでメイコの横顔を見つめていたカイトがおもむろに彼女の額に手を伸ばすと、分け目に人差し指を差し入れて髪をかきあげた。
 その感触にメイコは首をすくめると、声は出さずにカイトを軽く睨んで見上げた。
「ここの編み込み、どうなってるのか気になって」
 悪びれもせずカイトはそう言って指を滑らせる。その触覚にメイコは少しだけ身を引いた。
「ああ、ピンで止めてあるんだ。女の子の髪型って謎が多くて」
 編み込みの最終地点を確認して満足気に微笑むと、指を離してメイコの茶色の髪がサラリと元に戻る。
「かわいいね」
 なんのためらいもなく率直に言うのは昔から変わっていない。そしてその言葉に率直に赤くなるのも昔から変わっていない。
 カイトは赤く染まった頬をさらりと一撫でする。

「やっぱりめーちゃんさ、隣に男がいる時は何か胸元に布でもかけておいたほうがいいんじゃないの?」
「珍しいわね、カイトが人の服装に文句つけるの」
 おしゃれに疎いというより無頓着なカイトは今まで他人の服装に注文を付けたことはなかった。そもそも関心がないのかもしれない。
「ほら、前にミクちゃんと買い物に行った時に見かけた、シャツの襟と前衣だけのやつ…胸のとこだけ隠す布、知ってる?」
 カイトが自分の鎖骨の辺りにぽんと手を当てて話す。
「服屋さんで見た事あるわ」
「うん、赤ちゃんのよだれかけみたいなやつ」
「よだれかけ…あなたって言葉選びのセンスがたまにすごいわよね」
「ミクちゃんに何かと聞いたら、セーターとか着た時に下にシャツを着てるように見せるためのもので『つけ襟』って言うんだって。女の人の服って謎が多いよね」
「うん……」
「それを付けとけばいいんじゃない?」
「よだれかけを?」
「よだれかけを!」

よだけかけのやり取りを書きたかっただけのやつでした。
 

2022/02/12