「ね、おにーちゃん!」
カイトがソファーで新聞を読んでいると、その紙面の向こうからミクの元気な声が響いてくる。カイトは新聞を少しずらしてその姿を認めると「どうしたの?」と声をかけた。
「今日ね、11月22日で”いいツインテールの日”なんだって!」
ミクが手のひらを胸の前で合わせてにっこりと笑った。
「へぇ……」
カイトが短く返事を返すと、ミクが表情をコロリと変えてキリッとカイトを睨んだ。
「もう!お兄ちゃんは興味が無い事だと本当に冷たいよね!」
「だって…11月で『いい』なのは分かるよ、でもなんで22日で『ツインテール』になるのか分からないし」
「2が二つあるからツインテールなんだって!」
「へぇ……」
カイトは全く同じ口調で短く返した。ミクはそれに関してはもうどうでもいいようで右手を「はい」とカイトに差し出した。
「だから、ツインテールの申し子のような私にお小遣い下さい!」
「ミクちゃんのそういう恐れを知らないところ大好きだよ」
「それ、褒めてるの?」
「うん、もう最大評価で」
カイトはズボンのポケットに手を突っ込むと1枚の銀色の硬貨を取り出して、ミクの小さな手に乗せた。桜のリリーフが刻まれた美しいデザインの硬貨は100円玉と呼ばれている。それを見たミクは一瞬にして表情を変えた。
「お兄ちゃんのケチ!」
「そもそもさ、僕よりミクちゃんの方が稼いでるんでしょ?」
「そういう問題じゃないよ!」
擬音をつけるならそのまま「プンプン」とご自慢のツインテールを揺らしてリビングから出て行ってしまった。
カイトはため息を吐いてもう一度新聞を開いた。
『かいにー!』
ドタドタと慌ただしい足音の後には、そっくりな二人の声のハーモニー。
カイトは先ほどと同じく新聞をずらすと、二つの黄色の頭に……見慣れない形。
「どしたのそれ?」
二人の短い髪を無理やり二つに結んで、頭の上でピンピンと立ってカニの爪のようになっている。レンはいつも一つ結びしているものを二つに分けたのだろう。
「ミク姉が、カイ兄にツインテール見せるとお小遣いくれるって言うから」
100円しか貰えなかった仕返しなのかもしれない、ミクはリンとレンにとんでもない事を吹き込んでた。
「いや…もうそれはしっぽ<テール>でも無くない?」
「こういうしっぽの犬いるよねー」
「お隣の家の犬がこんなしっぽだったよ」
二人が口々に騒ぎ立てる、確かに隣の飼い犬は短いしっぽを千切れんばかりに振っているのを思い出した。
『はい!カイ兄!』
二人が鏡合わせのように見事に全く同じタイミングで右手を差し出した。カイトは先ほどと同じように銀色の硬化を2枚取り出して、ミクよりさらに小さな手に1枚ずつ乗せた。
「うえーー!!」
「ひゃくえん?!」
信じられないといった顔で二人がカイトの顔を覗き込んでくるが、当の本人は素知らぬ顔だ。これ以上の集金は見込めないと踏むと二人で頬を膨らませた。
『カイ兄のケチーーー!!』と捨て台詞を吐いてドタバタと走って逃げていく。
「なんなんだ…僕が悪いのか…?」
「この流れはマズイな……」
嫌な予感がすると、カイトは新聞を放り出してソファーに深く沈み込んだ。この様子だと自室に戻って鍵でも掛けていた方が良いかもしれないと思った時、カイトの元に影が落ちた。
「カイトお兄さん」
控えめなハスキーボイス。カイトは恐る恐る顔を上げた。
「まさか…ルカちゃんまで…」
どちらかというとノリの良いミクリンレンと比べ、こういった事にノリそうにない彼女が、長いピンクのストレートヘアを2つに分けて頭の高いところで結んでいる。頭を揺らせば優雅に光るサテンのリボンの色は紫。いや色まで気にしている余裕は今のカイトには無かったのだけど。
「ええミク姉さんが結って下さったんです」
「でしょうね」
なんとなく読めてました。とカイトは続けようとしてやめた。
差し出されたしなやかな手のひらにカイトは半ばヤケになって100円玉を乗せた。
「まあ!リン姉さんの言ってたのは本当だったんですね!」
青い瞳を丸くして、わざとらしくカイトと手のひらの硬貨を見比べているけど、カイトは視線をずらしてそっぽを向いた。
いや前言撤回。ルカも大概悪ノリする方だった。
ピンクのツインテールの君が去った後、それぞれ4人に好き勝手言われたカイトは半分拗ねてソファーで横になって丸まっていた。
長い身体は足を折っても半分はみ出してはいたが、ぼんやりとした頭でリビングの天井を見上げた。
姉弟のイタズラならあと一人足りない…そもそもこんな事に参加するとは限らないのだけど。しかし彼女のツインテールが見られるなら、今までの事がチャラになるくらいに美味しい。
「カイト!」
聞きなれた鮮やかな声にカイトは跳ね上がるように体を起こした。姉弟のラストナンバー、待ちわびた君はその勢いにびっくりして身体を引いた。
先程の4人のような二つ結びどころか一つにすら結んでいないそのボブヘアーの茶色の髪は、その反動でサラリと揺れる。
「え?何でツインテールしてないの?」
「ツインテール?こんな短い髪でできないでしょう」
「えー完全にそういう流れだったじゃん!」
「どういう流れよ?」
「めーちゃんのツインテール見たかった!期待してたのに!」
はあ?とメイコは眉をひそめた。いつもおかしなことを言っている人だけど、本気でどこか壊れたのかと疑ったがいつもこんな調子だったと考え直す。
「あのね、向こうでミク達がこそこそと『お兄ちゃんが…』とかやってるのよ。だから何か知ってるのかと思って」
「妹達にお小遣いタカられただけだけど」
「いくら?」
「400円」
「やっす!」
「全員分でね」
自信満々にドヤ顔で語るカイトに呆れ顔でメイコはツッコミを再度入れた。
「やっす!!」
「こういうのは”気持ち”でいいんだよ」
カイトは自分の胸を軽く叩いて見せる。
「そう思ってるのはあなただけだと思うけど」
「いや、だって11月22日はツインテールの日だからって、みんなでツインテにして金をせびるんだよ?100円でいいでしょ?」
慌てて必死に弁明するカイトにメイコはため息を吐いた。
「そもそも今日は11月23日よ?」
「えっ」
「ツインテールの日じゃないわ、あえて言うなら……勤労感謝の日?」
「え?じゃあ僕なんでタカられたの?!」
「あなたが日付をキチンを覚えてないから」
「え?じゃあ僕とめーちゃんでいい夫婦の日でイチャイチャは?」
「11月22日は昨日だし、私たち夫婦でも何でもないわよ」
「酷い…みんな酷いよ…めーちゃんはツインテールにしないしイチャイチャもさせてくれない…」
「私だけに当てつけてない?」
メイコが去った今、カイトは本格的に拗ね始めていた。
ソファーに横たわって新聞を頭から被ってふて寝していると、ざわざわと複数の足音が近づいてくる。
「ほら、カイト」
メイコの声と共に頭の上の新聞が取り外されるとソファーの周りに姉妹達5人が勢ぞろいしていた。
真ん中のミクがにっこり笑う。
「はい、お兄ちゃん、今日は11月23日で”いい兄さんの日”だからみんなからプレゼント買ってきたんだよ!」
ミクが両手を差し出すとそこにカップアイスが乗っていた。カイトが好きなメーカーの高級アイスとカイト専用の金属製のスプーンも一緒だ。
カイトが体を起こすと、満面の笑みを浮かべたミクからその冷たいプレゼントを受け取ろうと手を伸ばした。
「ありがとう……いやいやいや、騙されないよ?これさっき僕があげたお小遣いで買ったんじゃないの?」
そのアイスはコンビニで買えば400円で少しお釣りがくらいの価格であった。
カイトはミクの手のアイスを指差して憤ったが、隣に立っていたメイコがため息を吐いて静かに諭す。
「カイト、こういうのは”気持ち”なんでしょ?」
「ゔ……」
完全に言い負かされたカイトは、渋い顔でアイスを受け取るとヤケになってその蓋を開ける。
アイスをすくって、いつもよりだいぶ乱暴に口に放り込む。
「どう?お兄ちゃん!」
「おいしい…けど…なんだか納得が…いかない!!」
アイスをヤケ食いする姿を見ながらミクはぽんと手を叩く。
「いい事思いついちゃった!お兄ちゃんが喜ぶ事!」
スプーンを咥えたまま訝しげにカイトが見返すと、ミクはニコニコしてメイコを呼び寄せてカイトの隣に座らせた。ミクがソファーの背後に回り込み背もたれの後ろからメイコの髪を手ぐしで梳いた。メイコがくすぐったそうに首をすくめると、ミクは髪を軽く二束に分けて髪ゴムで止める。メイコの髪が耳の横で縛られた短いツインテールが出来上がった。
「ほら!お兄ちゃん、お姉ちゃんのツインテール見たかったんでしょ?」
「うん……」
いつもなら大げさに喜びそうなものの言葉すくなげにカイトは真剣な顔をしているのでミクは小首をかしげる。
カイトはいそいそと自分の尻ポケットから革製の長財布を取り出した。
「それでいくら払えばいいの?」
終
▲ ■